私のハガクレ履歴書>ベイビー太郎(サボ)編


ベイビー太郎さん(サボ)さんの履歴書

こんにちは、サボです。あのハガクレがもう終わってしまうんですね。たくさん思い出があるので、実は個人的にハガクレのことをまとめていてそれをこの場をお借りして公開します。何かあれば遠慮なく削除して構いません。

僕のことを知らない人も多いと思いますが、一言でいうとハガクレ廃人です。最初に言っておきますが僕のハガクレ史を詰め込んだのでめちゃくちゃ長いです。全部読める人いるのか?これでも短くしたので許してください(笑)最近始められた方は何のこっちゃということも多いと思いますが昔話として楽しんで頂ければと思います。需要あるかわかりませんがハガクレを始めた頃から書いていきます。

プレイヤー名  ベイビー太郎 サボ
ハガクレ歴 2011年から
Twitter デリート
師匠 無し
弟子 無し
上司 元だけど鳳凰さんか
よく絡むor絡んでた人 抜刀隊と鬼刃隊メンバー、昔のwikiにいた人たち
尊敬する人 ふぇえさん
嫌いな人 荒らし
加入クラン 抜刀隊、鬼刃隊
使用兵種 ガチなら乱破、剣聖。次点で老師、浪人
最高得点 51000pくらい(調整失敗w)
カンスト歴 9回か10回(乱7~8、老1、術1)
カンストップ歴 カンストップってなんです?過疎落ちかな?
ハガクレ関連でやったこと 隊活動、大会運営、動画投稿など
その他 ハガクレお疲れ様!

 

 

2011年 ハガクレを初めてプレイ

SPLAXのゲームはアノコロ、おらおら学園、ダイナマイト野球などハガクレができる前からやってました。なので初期から始めたけどこの年は忙しくてあまりやれてませんでした。

少ない記憶をひねり出すと、初期は城壁とかで上から落っこちてくる僧兵が強くていっぱいいた覚えがあります。みんな初心者だったからその戦法ですごい稼げたんでしょうね(笑)。この頃会って覚えてる人は「台中少女」さんです。城壁の端っこの定位置に陣取っていて近づくのが大変でした。

11月ごろ、城取り合戦が実装されます。城初期のプレイヤーは乱破の「攻めたがり」さんなどです。トップクラスの強さで元祖攻め厨でプレイヤー羨望の的でした。この頃は強者オーラがすごいのでMランにすごく憧れてましたね。「ファイヤー」さんというM8、赤字金枠のオーラの人に会ったときはビビり散らしてました(笑)。ハガクレのMランは金枠でオーラを纏うのって秀逸ですよね。ランク上位の演出でこんなに強そうでかっこいいのは中々ないと思います。この頃はガチ初心者で、城に行ってもすぐに死んじゃってました。

この年で忘れちゃいけないのが、ニコニコ動画に投稿された「ふぇえ…」さんの乱破テク解説の動画です。内容は今なら乱破の上手い人なら大抵の人ができてることだったと思うが(台を利用して特殊を速攻で連続で出すなど)あの時点でふぇえさんの動きは間違いなく今いても上級者だし初期、城取りもできる前に習得して動画まであげてたのが本当にすごいと思います。この動画が好きで何度も何度も見返しました。BGMも覚えてます。ただその動画は消されているのでもう見ることができません。ちなみに、ふぇえさんというのは伝説の126人抜きの動画のあの人です(一発勝負というのは仮名)。しかも浜が実装されてすぐに47人抜きで55000点の動画をあげてました。何もかも先駆者という感じです。ハガクレの歴史を語るなら絶対欠かせない人ですね。


2012年 最盛期

この年はそれまであまりできてなかった反動もあってか僕が最もハガクレにハマりプレイした年です。自分の最盛期とハガクレの最盛期(人口的に)が重なった僕は、ハガクレを楽しむという面においてすごく恵まれたなと思う。

5月頃、ドタバタしてたのが落ち着いてハガクレを本格的に始めます。このとき、「アイク」というHNで僧兵メインでやってました。既に霊峰があって、霊峰チーム戦メインでやりまくってました。まともにやり始めた一番上達する時期にやりまくっていたので、僕は霊峰チーム戦でハガクレが上手くなったんだと思います。6月に入ったころ、2chで「僧兵だったらアイクが強い」と言われていて、嬉しかったです。

段々名前が売れて有名になってきてました。がむしゃらに戦いまくって、Mランも60位くらいになれました。

8月、夏休みで一層ハガクレのプレイ時間が増え暇さえあればプレイしていて、狂ったようにやってました。7月末にタイマン部屋(浜)ができてました。大体20人以上はいて、実装したばかりなので賑わっていて楽しかったです。僕はそれまで僧兵メインだったが、浜では勝ちにくいと思ったのか鎖を使い始めます。やっぱり鎖だと結構勝てて、28人抜きくらいで25000pくらいの結果を何度か出せました。このとき印象に残ってるプレイヤーは、「女子力ぱねぇ」(鎖)さんと「バニラ(ヴァニラアイス)」さんなど。まだ鎖を使い始める前にバニラさんとあたって僧兵対決もしました。女子力さんは特徴ある名前もあってか有名人でしたね。

8月後半、僕は術師で初のカンストを達成しました(確か49050pとか)。強い乱破や僧兵にあたったときはやばかったですが、なんとか抜けました。これで僕はM10位になりました。ハガクレ最盛期の中の最盛期(8月は夏休みで人が多い)にM10位、しかもほぼ月末でだから自慢できると思います。しかし、すぐに僕はとんでもない経験をして挫折します。絶対強者との遭遇です。

浜でM1位の赤Guest乱破と相対しました。こちらは浪人。上手すぎて全く当てられる気がせず、攻撃が鋭くてボコボコにされます。しばらくしてようやくこちらが一発当てれます。ですが、何か当たり方に違和感がありました。相手がちょっと離れたところから走ってきて無抵抗で攻撃をくらいました。全く攻撃を振らず、ジャンプやフェイントの素振りもない。このレベルの人がこんなくらい方するのか?少ししてこちらの2発目を当てれました。また同じような当たり方で、ここで僕は気づきました。

「この人、わざと攻撃くらってる…?」

HPが0になり、僕は敗北します。やばいのがこのM1位の人のランキングの得点です。「49997ポイント」でした(当時は49999でカンスト)。意味がわからないですよね(笑)。今なら確実にチートを疑われると思います(当時もチートはいたと思いますが、少なくてほぼ見ませんでした)。おそらく、ギブられると貰えるポイントが減るのでわざと攻撃くらってこちらがギブしないようにしたんだと思います。49999点でも目指してたんでしょうか?僕はまともな対戦相手ではなく、得点や調整の餌、養分としか見られませんでした。こっちだってM10位だ、こんなことあるのかと。圧倒的すぎて悔しさすら感じられなかったです。2012年8月のM1赤Guest乱破は、僕の中で伝説となっています。

10月、鬼ヶ村が実装。当初は1人鬼のみで確か6部屋ありました。最初なのでめちゃくちゃ人が多くて、全部満員なのは当たり前で6部屋の上でカーソルを高速スライドしながら連打しても中々入れないレベルでした。プレイより入る方が集中してた気がします(笑)。あれは本当に狂ってた。

10月か11月頃、ついに乱破を使い始めます。理由は、浪人や僧兵じゃ強い乱破に勝てる気がしなかったからです。頑張っても結局乱破側がノーミスだったら勝てないですからね…やっぱり乱破が一番いいじゃんと思って使いました。ハガクレの実力はついていたので、使い始めて二週間くらい経つ頃には浜でカンストできました。霊峰で乱破対決で頂上の取り合いとかもよくやってましたね、懐かしいです。安定行動とか好きな僕は乱破が合ってたと思います。そして、同じくらいの時期に「ベイビー太郎」というHNを使い始めました。

ハガクレwikiには思い入れがあって、この年のwikiは1日のアクセスが2000以上ある大盛況でした。特にトップページとか毎日大量にコメントがあって、僕もよく見てましたね。当時はまだチャットがなくて、交流の場はwikiか2chでした。


2013年 最盛期②

1月末、ハガクレwikiに「勝手浜格付け表」というページが作られます。なんと僕が一番上のSランクに載ってました。Sランクは15人くらいいて、他には「Guestさん」(乱破)、「跳ね馬」さん(剣聖)、「ヴァニラアイス」さん、「her」さん(鎖)、「Went」さん(乱破)、「ふぇえ」さんなど。それとチャット民の「KPP」さん(剣聖)もいましたね。古参達の間では強者といえばGuestさんという認識なのですが、僕はGuestさんに7割くらい勝ってたからSで文句はないレベルだったと思います。もちろんこれが全てではないですが、これに載れたのは嬉しかったです。

 

3月、浜老師で4万を1回達成、さらに少ししてカンストも達成します(48500pくらい)。おそらくハガクレ史上浜老師でカンストしたのは僕が唯一だと思います(いたらごめん)。最初は霊峰で強いからと老師を使ってたはずですが、なぜか浜でも使うようになってました(笑)。昔は乱破と老師のダブルメインでした。

 

細かい時期は忘れてしまいましたが、2013年のどこかで浪人と剣聖で3万超えを達成。これにより浪人、乱破、僧兵、老師、鎖術、術師、剣聖の7キャラで2万以上を達成しました。


2013年② クソプレイヤー

昔の僕はクソプレイヤーでした。wikiでイキることもありました。今でこそ「なんか古参ですごい人」みたいになってますが、他にすごい人いっぱいいましたから小物扱いでしたね。「糞太郎」とか「升太郎」と呼ばれてました(笑)なんでそんな扱いだったかと言うとラグかったからです。当時は低スぺPCしか持ってなくて、ラグに対する意識もなかったですね…。反省して今はめちゃくちゃラグに気を使うようになっています。

自分は悪くないと言いたいわけじゃないのですが(僕もラグい人とやるのは嫌なので)、ハガクレは小中高生が多いのでラグい人がいるのは仕方ないのかなと最近思います。PCは子供は親に頼んで買ってもらうしかないですからね。でもラグい人が嫌われるのは仕方ないかな。難しい問題ですね。

 

5月、実は昔僕はGM(ゲーミングマウス)を使ってました(本当はゲーミングではないのですが、わかりやすい&書きやすいのでGMと書きます。)。社会科見学の帰りに電気屋寄って買ったのが始まりで、もっと強くなりたくて手を出しました。エレコムのマウスはほぼ全部ボタン設定ができるのでそれ使ってましたね。当然すぐ話題になって、wikiでめちゃくちゃ袋叩きになりましたね…。叩く人が20人以上、擁護派は1人いるかどうかってレベルでした。今思うとGMはそんなに面白くなかったなと思います。特に浜とか特殊ばかりで単調になってしまうので。GMを使ってた時期は2013年5月~2015年2月までです。同じ条件で戦いたいと思ってやめました。当時の僕を知ってる人はもうほとんどいませんが、GM使ってたことをここに謝罪します。本当にすみませんでしたm(_ _)m

※GM…簡単に言うと連打機能があるマウスで、特殊が一瞬で出せます。

 

9月、諸事情によりハガクレをやめます。復帰時期は思い出せないですが、半年は全くやりませんでした。


2014年

復帰してまたやりますが実はこの年はあまり覚えてないです。すでにハガクレは大分やり尽くしてましたから、新鮮なこともあまりなかったのかな。プレイ時間も結構減ってたと思います。この年になると12年、13年に目立ってた人は大体いなくなってしまってましたね。

このとき印象に残ってる人は「ヒメネス」さん(乱破)。浜で戦って、普通に負けました。1、2回しか戦ってないですが、ハガクレに稀にいる強者の中の強者の感じがありました。しかもM1とかだった気がします。

チャットに行ったらキララさんに「Sランクの力見せてくださいよwww」と言われてタイマンしたのはいい思い出(笑)

そして、浜に行ったら初めて過疎落ちを経験します。「え、もう無理じゃん」と思ったのを覚えてます。今思うと全然人いたのですが(笑)初めて過疎落ちをしたので、衝撃でしたね。

それまでは霊峰と浜がメインだったのですが、このあたりからメインを城取りにします。霊峰も、チーム戦が好きだったのですが過疎って人がいるのはほとんど個人戦になってしまってたので、行くことは減りました。これ以降は、8割は城になります。


2015年 城取りと抜刀隊

城取り(ダイナミック)をよくやってました。僕は浜勢と城勢のハイブリッドでタイマンも乱戦もできる両刀です。時々自分並みにタイマン上手い人がいても乱戦になれば僕が勝つ、乱戦が得意な人はタイマンに持ち込めば僕が完全に有利です。僕は城タイマンも乱戦も本当に得意でしたから、はっきり言って負ける気がしませんでした。上や下、見えないところから攻撃が飛んでくる霊峰育ちですから、画面外からの不意打ちにも強いです。よくチームが変わって不利チームに入っても、少ししたら僕のいるチームが有利になったり気持ちよかったです。

人が足りない方に行くので守りが多いとか相手の攻めが強すぎるとか不利な状況で戦うことが多く、10分戦い抜くのが大変で手汗をかくほど集中してました。城ダイナミックは刺激が多くて忙しくて、本当に楽しいんですよね。

 

10月頃、抜刀隊に入ります。鳳凰さん(隊長)との出会いと入隊の経緯は、霊峰個人で「処刑場」という名前で端にいて、上から落ちてくる人をボコボコにするクソプレイをしていたら(←おい)、やけに追いかけてくる浪人がいてその人が鳳凰さんでした(当時のHNは抜刀隊・紅桜)。こちらも熱くなってしまい、鳳凰さん狙いに切り替えます。本気の霊峰乱破に勝てるわけもなく1時間近くボコボコにし、挙句キレた鳳凰さんに隊員3~4人を呼ばれ集団リンチされるという色々とバカみたいな経緯で入隊します(そのあとチャットに誘われました)。

でも今思うと、そんなに鳳凰さん嫌いじゃなかったなと思います。まっすぐで、陰湿さの欠片もない人なので。

そして、「雷鼠」という名前で入隊します。僕の入った隊は十二支の一つを名前につけようというルールでした。抜刀隊は、チャットに集まってタイマンしたり、イベントしたり、話したりしてましたね。やっぱりクランに入るとそれまでとは違う経験をするので、新鮮で楽しかったのを覚えています。僕はチャットもあまり行ってませんでしたから、余計にですね。

 

自分が一番強かった時期なんてわからないのですが、城で負ける気がしなかったし抜刀隊員同士のタイマンでも負けたことなかったので(入隊前と脱退後ならありますがw)、もしかしたらこの年が全盛期だったのかもしれませんね。


2016年 引退危機?

抜刀隊解散からしばらくして、8月頃鳳凰さんが新しく鬼刃隊を作ります。鬼刃隊って名前今流行りの漫画みたいですねw

僕も誘われたのですがクランは抜刀隊でやったしすごく入りたいってわけじゃなかったので、条件を出しました。「タイマン(霊峰)で一回でも僕に勝てたら入隊する」というもので、対戦は一日に一回か二回(どっちか忘れました)。一日二回で一人一回までって感じだった気がします。一週間か十日くらいはタイマンしました。

僕と鬼刃隊のタイマンは見学?に来てる人が何人かいて、その内の一人反発係数0.9さんとも浜で対戦し、完敗します。抜刀隊の頃から負けること全然なかったですから、ショックでしたね。「言い訳乙」と言われそうだけど、鬼刃隊との賭け勝負の直後に普通の対戦でしたからモチベ厳しいところはあったかもしれません。(負けは負けw)ましてや反発さんは浜で68000pくらい取ってる猛者だ、普通に僕より上手いかもしれない。負けて当然でしたね。

負けて危機感を覚えた僕は翌日浜で修業します。が、思うように勝てません。負け越した相手もいました。ここでようやく気付きます。

「あれ?俺弱くなってね?」

ちなみに、2015年にゲラン氏の軽業に2連敗してます。トータルでは勝ち越してましたが…めきめきと力をつけてるプレイヤーだったのであのまま続けてたらやばかったかもしれないです。

城と浜の両立は難しいのでそれもあると思いますがおそらく、GMの立ち回りに慣れてしまってたので普通の立ち回りの感覚を忘れてしまったんだと思います。霊峰や城は普通に段差で即特殊できますから大差ないけど、浜ではガラリと変わるんですよね。自業自得というやつでしょうか。GMを使った報いは、こんな形で受けたのでした。

一応15年でもカンストは二回達成してるので弱くはないと思いますが、カンスト達成者の中では弱い方だと思います。

 

9月、2012年からガチでやってて、流石に潮時を感じていたので引退を決意。


2017年 鬼刃隊と大会

4月、復帰してさっそく空羽さんにコンタクトを取り、鬼刃隊に入ります。なんでか忘れましたが活動開始したのは7月からでした。多分問題があったんだと思います。

 

5月、Twitter開設。

HNを「サボ」に変えた理由は、のびのびやりたかったからです。「ベイビー太郎」だと強者として注目されるから、プレッシャーがあったのかな。確かに昔はよかったけど、今は弱いかもしれない。周りの期待に応える自信もなかった。自分から「俺ベイビー太郎だよ」と言うことはあまりありませんでした。

 

鬼刃隊に入り、チャットに行くと15人が入室してて活気がすごくて驚きました。主に空羽さんの功績だと思いますが、ここまで集めたの本当にすごいと思います。話した人は大体覚えてますが特に空羽さん、飴兎さん、天津さん(牡丹さん)の3人は印象に残っています。よく話し合いとか大会とかやってましたね。

鬼刃隊は3回大会を開催して、僕は3回中2回優勝しました。鬼大会で負けてしまったのは残念でしたが…(優勝は牡丹さん)まぁ僕はこんなものです(笑)。

僕はイベントや大会が好きなので、3回ほど自分で大会を開きました。鬼刃隊イベントではなく全員参加OK。1回9人集まって嬉しかったですね。主催ですが僕も参加していました(笑)。

参加者集めるのが難しかったのと、「山葵」という荒らしに粘着されて大変だったので大会は断念しました。こういうの人集めるの難しいけど荒らしの出席率は100%だったりするんですよね。何なんでしょうねあれw

裏話ですが、鬼刃隊の大会と自分の大会は全部ネットカフェに行ってやってました。文句なしの環境と言えるほどではなかったので高スぺPCがあるところを調べて、そこに行ってましたね。わざわざネットカフェに行くとか自分は相当なハガクレ廃人だなと思いましたね(笑)さすがに旅行中にハガクレしようとする人を見たときはかなわないと思いましたが(笑)大会終わった後は遊んでから帰ってました。楽しかったなぁ…。今は行ってませんよw(高スぺ&ping10安定)

 

上にも書きましたが鳳凰さんの隊は鳳凰さんが呼び掛けてリンチすることがありました。リンチ賛成派と反対派に分かれて本格的に問題になり、鬼刃隊は分裂します(中心の人は大体反対だったと思う)。こうして、鬼刃隊は終焉してしまいました。


2018年 城剣聖

クランもなくなり大分ハガクレ後期ですがこの年も結構やってました。どんだけ好きなんだよ2時間以上やる日とかあったと思います。まぁ剣聖で城やってただけですがw

もちろん攻めか守りをした上でですが僕は生存と相手を倒すことを一番重要視してます。得点重視だと守り潰されたら面白くないですしね…。5人守りだろうが時間かければ突破できます。多すぎる守りを壊滅させて制圧するのは最高に気持ちいいですw

乱破も強いけど十回に一回くらいは死んじゃってました。それで十分な気もしますがどうすればいいか考えて辿り着いたのが剣聖です。剣聖は高スタミナで耐久と攻撃力もあるという乱戦で化け物じみた性能をしてます。

日々剣聖で城をやり、城ダイナミックで42回連続生存する不滅の記録を叩き出します(これ以上はカウントするのやめました)。証拠はないしこんなのカウントしてるの僕だけだと思いますが自分が目指していたものを極められてよかったです。


2019年 引退

ついにハガクレをやめます。一年以上一秒もハガクレしてなかったのでやめたと言っていいと思います。


2020年 ハガクレ終わり

ハガクレの最期を見届けるために復帰。よく使ってたからいけるんじゃね?と思い剣聖大会に参加するも即負けw

参加した感想は、剣聖のガチタイマンってやばいなってことと大会のレベル高いなと思いました。剣聖同士でガチガチにやるとあんなに時間かかるんですね。

大会で上がってしまって最高ではなかったけど悪くはなかった。それでも普通に負けてレベルの高さを感じました。他の試合も見ましたが本当にすごかったです。今回古参で参加したのは僕と謎さんだけでしたが、もっと参加してても敵我さん、ぴとさん、影武者さんあたりが優勝してたと思うくらいでした(もしかしたら敵我さんも古参?)。

ちなみに、28日の大会は仕事納めなので参加できません/(^o^)\社畜になってしまったので…。


ここからは番外編です。上に入れようとしたけど上手くまとまらなかったので。

強者としての苦悩

2015年あたりからは強者としての苦悩との戦いでもありました。僕は古参で猛者ということで強者として注目されることが多かったです。10人いるチャットに入ったら全員に対戦申し込みされたこともあります。さすがに疲れて、全員倒したのにもみくちゃにされた気分でしたw

勝つのは普通になってたので、五回勝っても一回負けたらその負けがやたら気になる末期状態になってました。ハガクレ廃人の末路勝っても大して嬉しさはなくあったのは安堵感。我ながらアホだったと思いますねw

いろんなガチ勢の人に対戦申し込みされてたから、当時はあまり感じませんでしたがプレッシャーはあったと思いますね。対戦誘われたら断らないようにしてました。なんでかと言うと対戦したいのに断られたら嫌だろうなと思ったからです。

鬼大会で負けて叩かれたときの画像です。

久々に見たら思ったより叩かれてた(笑)大会で負けてここまで叩かれる人って僕以外にいるでしょうか。自分は周りからのハードル、背負ってるものが違うと感じましたね。鬼刃隊の大会は3回中2回優勝してますから悪くはないんですけどねwスポーツみたいにランキングがあれば間違いなく一位です。

他の人は全盛期で考えてもらえますけど、僕は常に勝ちを求められますから大変でした。ハガクレは「昔の自分の方が強かった」と言う人が殆どですし、一番ハマってたときから何年も経ってるのにそこそこ強さ維持してたのすごいと思うんですけどねw


強者としての苦悩② にゃんこさんとの比較

昔からよくにゃんこさんと比べられていて、2015年くらいからはハガクレ二大強者みたいになってました笑(浜で連日高得点してたから勿論にゃんこさんの方が目立ってた)。いろんな人に「ベイビーとにゃんこってどっちが強いの?」と聞かれましたね。チャットにあまり行かなかった僕が直接見た、聞かれただけでも7人は比べてました。浜で一回負けただけで「にゃんこさんの方が強いな」みたいに言われたこともありました。ちなみに、上の鬼大会で負けて叩かれたときの画像でもなぜかにゃんこさんの名前が出てます。セットなんですかねw

そもそも得意ステージが違いますから、比べるものじゃないと思うのですが…。にゃんこさんと浜で戦ったことはないです。城でこちらは生存したまま何回か倒したことならありますがまぁ城ですしね。ステージ的に当たり前ですが浜ではにゃんこさん、霊峰と城では僕の方が上手いと思います。

自分が一番じゃないと気が済まないってことはないのですが、そういう比較してどっちが強いか議論するのは「意外と大したことない」とかかなりの確率で下げ発言が出るので、下げられるのは嫌でした。

対戦ゲームだから比較はいいと思います。ですがさすがに比べられすぎたこと、にゃんこさんの方が強いみたいになってたこと、得意ステージを考慮しないこと、何年も渡って比べられてた感じがあったこと、僕の話題になったら毎回即座ににゃんこさんの名前を出す人とかいたり、色んなことが重なって段々イライラするようになってしまいました。なぜそこまで比べられるのか?スポーツ選手やプロゲーマーみたいにお金貰ってるわけじゃなく、趣味でやってるだけなのに。

イライラが募り、2018年にハガクレをクソゲー扱いしたりネガキャンしてしまいます。たくさんの人を不快にしてしまったと思います。本当にすみませんでしたm(_ _)m

今は気にしてないです。このwikiの最強アンケートとかは元々全く気になりません(一応)。


終わりに

僕の履歴書はこんな感じです。ハガクレは僕にトップクラスの気持ちを味わわせてくれた、そしていろんな人と関われた素晴らしいゲーム。もう未練はない。ばいばい、ありがとうハガクレ。

ラスト3日はハガクレしようと思います。会ったらよろしくお願いします!


履歴書を書くには?

皆さんもこのようなハガクレ履歴書を書いてみませんか?? 当サイトでは、ベイビー太郎さんのような画像付きのハイクオリティ履歴書を簡単に作成することのできるフォーマットをご用意しております!

私のハガクレ履歴書>簡単な書き方 に、ハガクレ履歴書の書き方を掲載しました!簡潔なものなら10分程度で書き終わるので、ハガクレの最後の思い出作りに、是非あなたのオリジナルの履歴書を書いてみてください!


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7件のフィードバック

  1. dullman01 より:

    ベイビーさん
    投稿有難うございます!凄い!めちゃくちゃ濃い内容ですね!
    残り数日ですが、ハガクレであったらその時は対戦よろしくお願いします!

  2. 反発係数0.9 より:

    とても読み応えのある記事でした!
    執筆ありがとうございます!!

    • sabo より:

      ありがとうございます!自分で言うのもなんですがめちゃくちゃ濃いですからねw

  3. 空羽(Sorawaf) より:

    ネットカフェΣ(・□・;)当時は色々ありましたが面白くもありましたね。そして今は社畜なのですね(驚) お互い頑張りましょ(笑)

    • sabo より:

      ネットカフェは事情があってw
      空羽さんお久しぶりです!抜刀隊、特に鬼刃隊ではありがとでした!色々ありましたね。
      今は他のゲームでいろいろやってるのでしょうか?お互い頑張りましょう!^^

      • 空羽(Sorawaf) より:

        お久しぶりです!こちらこそ有難うございました!!
        今はゲームの活動もしているのですけど、Discordコミュニティ運営者向けの活動をしていてそれがメインですね~。
        いつかの機会か、また遊べると嬉しいですね(笑)

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